東京を拠点とする革新的なAIスタートアップ「Sakana AI」が、従来の超巨大単一モデルの常識を覆す新アプローチを次々と形にしています。同社が提唱するのは、単一のAIに依存するのではなく、複数のフロンティアモデルをインテリジェントに協調稼働させる「自然界の群れの知能(インテリジェンス・コレクティブ)」です。自前での天文学的な学習コストや地政学的な依存リスクをスマートに回避しながら、世界最高峰の推論性能と「AI主権(ソブリンAI)」を実現した同社の独創的な技術背景と、日本市場に特化した泥臭くも強力なビジネス戦略に迫ります。
日本発AIユニコーン「Sakana AI」が挑む「物量戦」へのカウンター
Google Brainの元トップ研究者であるデビッド・ハ(David Ha)氏らによって東京で設立され、世界中から注目を集める「Sakana AI」。同社は、数千億〜数兆規模のパラメータを肥大化させ、天文学的な演算リソースと電力を投じてゼロから単一の巨大モデルを事前学習させる、米中の「物量戦」とは一線を画すアプローチを提示しています。
共同創業者兼CEOのデビッド・ハ氏は、自然界の「魚の群れ(サカナ)」のように、小さな個体が集まることで巨大な知性を生み出す「コレクティブ・インテリジェンス(集合知)」の重要性を説きます。リソースが限られた日本だからこそ、エネルギー効率に優れたアプローチで世界の最前線と渡り合えるという、かつてのソニーやパナソニックのようなイノベーションの精神が、同社の根底には流れています。
「アベンジャーズ」を束ねる司令塔:Sakana Fugu(マルチエージェント・オーケストレーション)
Sakana AIの技術的象徴の一つが、最先端のフロンティアモデルを束ねるプラットフォーム「Sakana Fugu」です。
Fuguの最大の特徴は、それ自体がすべてを処理する巨大なLLMではなく、複数のLLM(GPT、Claude、Gemini、DeepSeekなど)を裏側に抱え、それらをリアルタイムに制御する「インテリジェントな司令塔(小さなLLM)」として機能する点にあります。
ハ氏はこの仕組みを、強力なヒーローたちが集結した「アベンジャーズ」に例えます。ハッカーが組むような単純な条件分岐(ルールベース)ではなく、強化学習(Reinforcement Learning: RL)を駆使して、どのタスクを、どのモデルに、どのステップで割り振れば最適(コスト・パフォーマンス含む)かをシステムがエンドツーエンドで自律学習しています。
さらに、複数ステップの複雑な推論を行う際、Fuguはステップごとのフィードバックに応じて、次に投げるべきモデルを動的に変更します。「コードならClaude、推論ならGPT、クリエイティブならGemini」といった各モデルの強みを、思考のプロセスごとに限界まで引き出すことで、単一のモデルでは到達できない圧倒的な推論性能(Fugu Ultra)を叩き出します。
最大の本質:地政学的リスクへの「レジリエンス(生存能力)」
Fuguの真の価値は、コスト削減だけでなく「日本のAI主権(Sovereign AI)」の担保にあります。万が一、海外の特定ベンダーや国が日本へのモデル供給を停止・制限する事態が起きても、Fuguのオーケストレーション技術があれば、プール内にある別の利用可能なモデルへと動的にルートを即座に切り替え、システムをダウンさせることなく稼働し続けることができます。この構造的自立性こそ、同社が提供する最大の安全保障です。
もう一つの柱:24時間戦う調査エージェント「Sakana Marlin」
記事等で混同されがちですが、Sakana AIのラインナップにおいて、長時間のディープな思考や戦略レポート作成に特化しているのが「Sakana Marlin」です。
Marlinのコアには、同社独自のアルゴリズムであるABMCTS(Adaptive Branching Monte Carlo Tree Search: 適応型分岐モンテカルロ木探索)が採用されています。この推論タイム・スケーリング(推論時演算の拡大)原則に基づき、自律エージェントが8〜12時間連続で思考・検証を繰り返し、人間チームなら数ヶ月かかるような高度なリサーチ文書や戦略立案ドキュメントを、わずか一晩で構築します。
世界のバイアスを剥ぎ取る、日本特化型独自モデル「Namazu」
Sakana AIはオーケストレーション(既存モデルの統合)だけでなく、独自のLLMシリーズ「Namazu(ナマズ)」の開発も行っています。
世界中で開発されている強力なオープンソースモデル(LlamaやDeepSeekなど)は、開発国の政治的・文化的背景による強いバイアス(検閲や偏り)がかかっています。例えば、海外製のオープンソースモデルに日本の政治や歴史について質問すると、ポストトレーニング(事後学習)の壁に阻まれ、約7割の確率で回答を拒否(拒絶リプライ)してしまいます。
Sakana AIはこの問題を解決するため、独自のポストトレーニング技術を開発。数学やコーディング、コアな推論能力を失わせない(LLMの宿命である「破滅的忘滅: Catastrophic Forgetting」を防ぐ)精緻な調整を行いながら、回答拒否率をほぼ0%にまで引き下げ、日本の価値観や歴史観に根ざしたニュートラルな回答ができるよう「脱バイアス・脱検閲」を行いました。
このNamazuをベースに、Web検索エージェントを組み込んでハルシネーションを極限まで抑え、ビジネスに不可欠な「敬語モード(ビジネス丁寧語)」を搭載したプロダクトが、日本国内で提供されている「Sakana Chat」です。
Palantirスタイルで日本のメガバンクや防衛のインフラへ

Sakana AIは、一般的なシリコンバレー型のSaaS(Webで一般向けに売るソフトウェア)モデルではなく、非常に泥臭く強力なエンタープライズ(B2B)および政府向けのビジネス戦略を展開しています。
同社は、エンジニアを顧客の現場へ直接送り込んでソリューションをカスタマイズする「Palantir(パランティア)スタイル」を採用。いわば、AIで高度に武装した現代版の「デプロイ型エンジニア(Forward Deployment Engineers: FDE)」が、日本の強固なレガシー産業へと深く入り込んでいます。
- 金融(メガバンク連携): デビッド・ハ氏自身のゴールドマン・サックスでのトレーダー経験を活かし、三菱UFJ銀行(MUFG)、三井住友銀行(SMBC)、大和証券といった金融大手と深く連携。その象徴が「AI Loan Officer(AI融資審査官)」プロジェクトです。同社の学術論文レビューAIの技術を応用し、膨大な信用調書やリスクデータをスケールさせて審査。デフレ脱却後の日本において、人手不足に悩む銀行の融資承認プロセスを圧倒的に加速させ、経済の活性化を裏から支えています。
- 政府・防衛: 日本の防衛省や政府機関のインフラ現代化にも着手しています。ここでは明確な厳格な倫理的境界線を引いており、憲法に準拠する形で、自律型兵器や監視システムの開発は一切行わず、あくまで「行政・防衛に関わる職員の業務効率化とワークフロー改善」に特化して技術を提供しています。
「AIがAIを創る」:RSI Labの設立と Nature 掲載の衝撃
同社の壮大なマイルストーンとして外せないのが、科学的発見の自動化を記録し、一流科学誌『Nature』に掲載された「AI Scientist」プロジェクトです。AIエージェントが自ら機械学習の新しいアイデアを考案し、コードを書いて実験し、論文を執筆して自らレビューまで行うこのシステムは、世界に大きな衝撃を与えました。
Sakana AIはこの流れを加速させるため、「RSI(Recursive Self-Improvement:再帰的自己改善)Lab」を設立。AIがAI自体のコードやシステム構成を自律的に改善していくサイクル(例:Darwin Girdle Machine等)を研究しています。
ハ氏は「完全にAIを暴走させるのではなく、社会的アライメント(整合性)の担保と、計算コストの無駄を防ぐために、必ず『人間が輪に入る(Human-in-the-loop)』チェック体制が必要」と語ります。このRSI技術を効率的に適用することで、同社は今後12〜18ヶ月以内に、米国の最先端ラボの10分の1〜100分の1(1〜2桁低い)という圧倒的な低コストで、ゼロからの自社製事前学習モデル(エージェントネイティブモデル)の構築を目指しています。
まとめ:日本が世界のAI勢力図で生き残るための「希望」
NVIDIA(ジェンセン・フアンCEOとも親交が深く、NVIDIAチップ向けに計算コストを7〜8割削減するアルゴリズムを共同研究)やGoogle、国内メガバンクから巨額の投資を受けるSakana AI。
彼らが証明しようとしているのは、「莫大な資金とGPUで殴り合う」ことだけがAIの正解ではない、ということです。複数の知性を賢く協調させるオーケストレーション技術、そして国境や文化の壁を乗り越えるポストトレーニング技術。これらを武器に、Sakana AIは日本発のグローバルAIユニコーンとして、世界のAIの未来に「多様性」と「強靭性」をもたらそうとしています。
参考文献
- David Ha 1on1 インタビュー「TBS CROSS DIG with Bloomberg」
- Sakana AI Blog “Fugu: The Next Generation Multi-Agent Orchestration Platform”
- Google Cloud Japan Press “Partnering with Sakana AI for Gemini Enterprise Agent Infrastructure”
- ASCII.jp “Sakana AI launches Fugu and Fugu Ultra multi-agent AI”
よくある質問
「Sakana Fugu」と、新発表の「Sakana Marlin」の違いは何ですか?
Fuguは、ユーザーの質問に対してGPTやClaudeなど複数の外部モデルを「リアルタイムに強化学習(RL)で割り振って最適な回答を出す」瞬発型のオーケストレーションプラットフォームです。一方、Marlinは「ABMCTS」という探索アルゴリズムを用い、エージェントを8〜12時間連続で自律稼働させて、人間が数ヶ月かけるような超重厚な戦略レポートをじっくり作成するディープな調査ツールです。
外部のAPIを束ねるだけなら、自社独自のAI技術とは言えないのでは?
単なるプログラミング(LangChainなど)によるルーティングとは本質が異なります。Fuguは「どのステップで、どのモデルに頼るべきか」を強化学習(RL)によってシステム自体が最適解を学習しています。また、同社は並行して、海外製OSモデルの政治的・文化的バイアスを剥ぎ取り、日本の価値観に完璧に適合させた独自LLM「Namazu」シリーズも開発・提供しています。
なぜ自社で莫大なコストをかけて「巨大モデルの事前学習」を最優先しないのですか?
日本には米中のような天文学的な演算リソース(GPUや電力)がないためです。しかし、同社が推進する「RSI(再帰的自己改善)」や「AI Scientist」を活用すれば、今後12〜18ヶ月の間に、米国のトップラボの10分の1〜100分の1のコストで独自の事前学習モデルを作れる見込みが立っています。限られた資源で最大の効率を生むための戦略です。
ビジネスモデルにある「Palantirスタイル(FDE)」とは何ですか?
ソフトウェアをWeb上で切り売りする(SaaS)のではなく、AIの高度な知識を持った現場配属型エンジニア(Forward Deployment Engineers)を顧客企業に直接送り込み、密着して業務を仕組みから変革するスタイルです。現在は三菱UFJ銀行との「AI融資審査官」や、防衛省・政府機関の業務効率化などで実際に稼働しています。
